著作の中にある彼の姿もまた、虚偽のものではなかろう。他国にある華僑たちは、その相互間に、連帯責任と相互扶助との密接な連繋があるとしても、異境に悠々自適するその生活態度は、重視するに価しよう。中国の社会は広大で複雑で、互に通じ合わぬ幾つもの言語が現存し、頭脳の回転の速度も北部と中部と南部とでは可なり異り、政治経済の情勢も時と処とによって変るが、そういう社会に生きてる或る人々の社会的訓練は、そのまま国際的なものにまで通用する性質のものではなかろうか。その他、例証はいくらもあるが、それらのものが、或る人々の身に着いて、その精神状態の基盤となる時、それはもはや一のローカル的特色ではなくて、世界精神の温床であり萠芽であると言ってもよかろう。
 また、自治精神については、これは既に中国民衆の智慧となっている。彼等が、あらゆる権力に背を向け、政治に対して無関心でさえあり、而もさまざまの動乱の中に怜悧に身を処していることは、周知の通りである。――知識階級の若い人々の熱烈な政治論議が、往々にして宙に浮くのは、この民衆の智慧を見落していることに由来するのではあるまいか。
 世界精神と自治精神、この二つのも
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