食慾
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)生臭《なまぐさ》い

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23]
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 同じ高原でも、沓掛の方は軽井沢より、霧も浅く湿気も少ないので、私の身体にはよいだろうと、そう野口は申しましたが、実際、私もそのように感じました。けれども、私の身体によろしいのと同じ程度に、野口の身体にもよろしいので、私達の間の健康の差は前と同様でした。……おう、うっかり口に出ましたが、健康の差……夫婦の間で、相手の体力や気力と自分の体力や気力とを比較して、そしてはっきり意識しますこと、それがどんなことだかは、実際に経験した人にしか分るものではありません。
 おかしな話ですが、家の庭に、毛の深い身体のまるっこい黒犬――熊を小さく可愛くしたような恰好なので、クロと私達は呼んでいましたが、それがよく遊びに来ますので、いろんなものを食べさしてやりました。或る時、何もなかったので、野口は自分で鰹節をか
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