名刺を[#「名刺を」は底本では「名剌を」]持った訪問者があった時、李は長時間話しあっていたが、客を玄関に送り出して、それから正枝に云った。「思想のこと心配して来てくれたんです。いろいろ話してやると、喜んでくれました。その方面のこと、僕の方がよく知ってるんです。おばさん、来てごらんなさい。」そこで正枝が彼の室までついて行くと、頁の間々に紙片の貼りつけてある雑誌が沢山取り散らしてあり、彼はそれを指し示して自慢していた。それでも正枝はまだ不安心で、其後特高係がまたやって来た時、そっと李のことを尋ねてみると、なかなか勉強家で有望な青年らしい、との返事だった。客と李とは笑い声など立てて親しげな様子だった。
 室の中の有様を、正枝はひとわたり見検べたきりで、何物にも手を触れはしなかった。だが、柱に下ってる短い竹筒だけは、訝しげに取上げてみた。それは尺八だった。竹の肌艶といい根節の恰好といい、素人目にも美事な尺八で、紫の緒の組紐で上の方を結え、柱の釘にぶら下げてある。
「ま、尺八だよ。吹けるのかしら……飾りのつもりかしら……。」
 キヨが何の反応も見せなかったので、正枝は尺八を元に戻し、なお室の中を
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