他これに類する事柄である。女の独り者は、下等な妾か女給のたぐいだとして、居住を許されなかった。その代り、正枝は凡ての居住者を、道徳的には厳格に人情的にはやさしく、親身に世話してやった。月に一円女中に払えば、毎朝室の掃除もして貰えた。
 居住者の李永泰が、無断で三日も帰って来ず、何処へ行ったか分らなくなったことは、だから、春日荘にとっては稀有の事柄だった。
 正枝は女中のキヨを連れて、李永泰の室を検分した。
「毎日掃除をしてるんだから、ふだんの様子は知ってるでしょう。なにか変ったことはないか、よく見てごらんなさい。」
「はい。」とキヨは頓狂に声高な返事をした。
 八畳のうち一畳半ほどを、沓脱と簡単な炊事場とに切取った、正面一杯が硝子戸の室である。書棚、机、茶箪笥など、粗末ながらととのっていて、押入には、布団や支那カバンや行李、それからまた沢山の書物。殊に総合雑誌の類が堆高く積み重ねられ、小さな紙片が、総のように頁の間から差出ていた。丹念に読まれて所々に目印の紙片が貼りつけられてるものらしい。――それらの雑誌については正枝にも覚えがある。或る時、警察署の特別高等係という肩書の刷りこんである
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