と思うと、また――
「ねえ、千代ちゃん、もしもの時には一緒に死んでくれないか。君と一緒なら、僕はいつでも死ぬ用意をしてるよ。」
そんなのが、酒の上での他愛のない調子で、にこにこ笑っていらっしゃるんだから、ちっとも張合がありませんでした。けれど、その裏に、何だか気になるものがありました。何だろうかと、あたしさんざん考えたあげく、お金のことらしいと思いました。以前は、お金がほしいとか、僕はとても貧乏だとか、そんなことをしきりに云っていらしたのが、ぷっつりと、お金のことは口になさらないんです。それとなくさぐりをいれてみると、中江さんから少し用だてて貰ったとか、母の貯金が残っていたとか、ぼんやりした話でしたが、あたしには、まだそのほかに何かあるような気がしました。それに、何かにつけて、あたしと依田さんとの仲をしきりに気にしていられるようでした。依田さんとはあたし、初めから何でもなかったし、その頃はもうあまりお目にもかかっていなかったから、笑ってすましましたが、その依田さんと云うのが、実は、村尾さんの勤めていらるる会社の社長なんです。そうしたわけで、これは何か、会社の金に関係がありはすまいかと、そんな想像をして、心配になってきました。いくらこちらは商売でも、もしもあたしのためにそんなことでもあったら、ほんとにお気の毒です。けれど、その頃村尾さんは至って鷹揚で、お出先の勘定もちゃんとなすってるし、何かといってはあたしにお小遣も下さるし、お盆の時なんか、まとまって助けてもらいました。
「こんなことを、僕からしていいかどうか分らないが、もしお差支えがあったら止めるし、そうでなかったら、してあげよう。」
言葉は冗談の調子ですが、お客としての云い草じゃないし、眼色がへんに真剣なんです。それをふと真にうけて、あたしは考えこんでしまいました。
「では、お願いしますわ。」
云うといっしょに、眼の中が熱くなって、涙がいっぱい出てきました。場合がいけなかったんでしょう。前の晩に二人とも酔いつぶれて、朝遅く眼をさまして、夢のような気持でぼんやり顔を見合ってた時でした。村尾さんはあたしの涙を見ると、いきなりあたしの手をとって、お嬢さんか奥さんにでもするように、しおらしくうなだれて仰言るんです。僕は君といっしょになろうとか、君をすっかり自分のものにしようとか、そんなつもりでいるんじゃない。ただ、
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