せるため、一纒めに要約したらしかった。
市木さんは顔色ひとつ動かさなかった。煙草をふかしながら、杯を取り上げたりしていたが、ぽつりと言った。
「弘子の死体にせよ、火葬後の遺骨にせよ、それは弘子とは別物ですからな。」
土居さんは呆気にとられたようだった。それから急に、頬を紅潮さした。
「それでは、あなたは、弘子さんとその亡骸や遺骨は別物だと、本気で仰言るんですね。ひとは死んでしまえば、その死体は当人とは別物だと仰言るんですね。よく分りました。そういうお考えでしたら、不吉なことを申すようですが、あなたが万一お亡くなりになった際にも、あなたとあなたの亡骸とは別物だと、そういう取扱いをしても、一向差支えありませんね。」
「それは結構です。わたしに無関係なことですからな。」
まるで歯が立たない感じだった。それきり言葉が途切れた。いつぞや、市木さんが猫の死骸を庭の隅に埋めたことを、私は思い起した。市木さんが冗談を言ってるのだとは思えなかった。
市木さんは長火鉢の銅壺で酒の燗をし、その銚子を次々に三人の前へ並べた。もう酌をしてくれなかったから、私たちは手酌で飲んだ。肴としては、すずめ焼と蒲鉾と海苔が出ていた。
長い沈黙の後に、土居さんはふと気付いたらしく、食卓の上を見渡して話題を変えた。今後のことについてである。
弘子はまだ女学校の生徒だったとはいえ、女のことだから、家事の手伝いなどにはだいぶ役立った筈だ。それが亡くなったからには、今後のことも考えなければなるまい。市木さんはもう再婚は無理だとしても、女中でもおいたらどうだろうか。そういうことを土居さんは言った。自分たちがついているのに、近所の人たちの手前もあるし……ということを強調した。
市木さんの返事は、ただ、一切構わないで貰いたいという一事に尽きた。
土居さんはまた憤慨しかけた。
「構わないでくれと、あなたはいつも仰言るが、それでは世間に通用しませんよ。弘子さんの葬式にしたって、ずいぶん、御近所の方々の世話におなりなすったでしょう。もう昔のことですが、奥さんが亡くなられた後、わたくしは何度も再婚をお勧めしましたが、あの時も、構わないでくれの一点張り……。こんどもまたそうです。年とったあなたと小さなお子さんと、二人きりで、これからどうして暮してゆくおつもりですか。」
「それは、わたしの手一つでやれます。」
「ふ
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