聖女人像
豊島与志雄

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(例)※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]
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 深々と、然し霧のように軽く、闇のたれこめている夜……月の光りは固よりなく、星の光りも定かならず、晴曇さえも分からず、そよとの風もなく、木々の葉もみなうなだれ眠っている……そういう真夜中に、はっきりと人の気配のすることがある。どこかで、ガラガラと雨戸を繰る音がする。ただそれきり。どこかで、数音の人声がする。ただそれきり。どこかで、廊下を歩く足音がする。ただそれきり。それきりだが、それ故にまた、深夜の中にくっきりと浮き出るのだ。
 私の夢もそれに似ている。茫漠たる眠りの中に、瞬間の形象がくっきりと浮き出す。――海岸の深い淵のなか、水面から僅かにのぞき出てる、苔むした滑らかな巌の上に、誰かがじっとしがみついている。――幾抱えもある巨木の根本に、何を為すでもなく、何を見るでもなく、永遠の彫刻のように、誰かが静かに佇んでいる――。荒
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