そ、人を本当に生かす者であり、又一面に於ては、人をして死を恐れさせないものである。
 本当に生きてる人だけが、本当に死を恐れない。人間の心の不可思議さよ!
 最も活力の盛んな青々とした木の葉は、最も地上に散り落ち難い。最も活力多く生きてる人は、最も死に縁遠い。然しながら、最も死に縁遠いものこそ、最も死を恐れない。
 死に臨んで死にたくない者は、本当に生きたいという意識を持たない者であり、もしくは誤った生き方をしていた者である。今迄自分の最善を尽してきたという自信のある者は、其処でぷつりと自分の生涯が断ち切れることを知っても、理想とか抱負とかいう目標まではまだいくらも近づいてはいなくても、凡てを落付いた気持で受け容れて、生きたという晴々しい心だけで満足して、狼狽もしなければ未練も起さない。
 喚き叫んで死を否む者こそ惨めである。泰然と死に臨む者こそ讃むべき哉である。
 穏かな気持で死に臨み得るのは、長い年月を此世で過して、もはや生きるだけの活力を失ってる、高齢の老人のみだと思うのは、大なる間違である。前途有為な壮年の人が、中途で死に見舞われるのは悲惨だと思うのも、大なる間違である。死に呑
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