きりしていなければいけない。それがはっきりとしていて初めて、偉大な仕事も為され、力強い生涯も生れてき、あらゆる困難に打勝つことも出来る。
 方向の定まっていない者は歩くことが出来ない。方向の定まっていない船は進むことが出来ない。
 海洋の上に在る一隻の船を想像してみる。何処をさして行くかということが一定していない時には、その船は決して何処へも行けないことになる。時折の偶然な気紛れのままに、あちらこちらに行くことはあっても、それは本当に進むのではなくて、単に彷徨し漂うのみである。而も一朝暴風雨にでも逢えば、沈没するまではそれに捲き込まれて、難を遁れ得ることは極めて少い。
 人の生活に於ても、一定の方向がなければいけない。
 そしてこの方向は、固より単に方向である以上、可なり範囲の広い漠然としたもので宜しい。例えて云えば、実業とか政治とか文芸とか農業とか、そういうくらいのもので宜しい。甲の会社と乙の会社とを問わないし、甲の畑と乙の山林とを問わない。実際その時々の生活状態によって、そう細かく決定されるものではない。然し大まかな一の方向は、必ず必要である。
 その方向によって人の生活は、一時的
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