よい。亀は万年も生きると言ってあるから、お前も長く生きて、時々は俺の事を思い出してくれよ」
正覚坊《しょうかくぼう》も、平助の言葉がわかったかのようにうなだれてしまいました。涙をこぼすまいとつとめているように眼を瞬《しばたた》きました。
そして、酒もなくなり、夜明けもまぢかになった頃、平助は正覚坊を連れて海に出ました。西の方の空に三日月が掛《か》かっていて、海の面《おもて》がぽーと明るくなっていました。
「それじゃこれで別れるから、達者《たっしゃ》に暮らせよ」
そう言って平助は、正覚坊の頭を撫《な》でながら、沖の方へ放してやりました。正覚坊は何度もお辞儀《じぎ》をして、後ろをふり返りふり返り泳いで行きました。その姿が波の向こうに見えなくなってからも、平助はぼんやりそこに立っていました。
やがて、早くも夜が明け放《はな》れて、村の人達は沼狩《ぬまが》りを始めました。しかしもう正覚坊がいなくなった後のことです。いくら狩り立てても取れません。一同は諦めて帰って行きました。
それからというものは、平助はまるで気抜けのようになりました。そして、毎日沼のほとりに出ては、かの大石を正覚坊の
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