が書かれているけれども、その伸吉や規子がどういう人物だか、読み終っても少しも分らない。或る青年男女がこういう行動をしたというだけで、「われわれは絶えず前進しなければならぬ。」というレーニンの言葉を作者から聞かせられるだけで、さてそれだけだとすると、余りに淋しいではないか。そのために、都会の総括的叙述と市電の或る危険箇所の記述とを冒頭にした、面白い――そして作意の強烈な――構想までが死んでしまっている。芸術も階級闘争の武器以外の何物でもない、とするならば、どうせ芸術という武器を使う以上は、芸術的に傑れた武器である方がよいだろう。
茲で、こういうことが考えられる。人間は、眠っていない限り、誰でも絶えず動いている。それが前進であるか後退であるかは別として、絶えず動いている。ところが人生に於ける動き方は、前後左右とも各人の自由である。それが、一つの事件によって、或る者は右に行き、或る者は左に行く。その行程を延長すると、運命という言葉で表現されるものを形成する。然るに吾々はもはや、運命の決定要素を、神とか宿命とかいう神秘境には認めない。吾々はそれを、当人の生活姿態と性格とのうちに認める。右方へ
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