性格を求む
豊島与志雄

 クロポトキンは、チェーホフについて次のようなことを云っている。――
 若し社会の進化に何等かの理論があるものとすれば、文学が新たな方向を取り、既に人生に芽ぐみつつあるところの新たなタイプを造り得るに先立って、チェーホフのような作者が現われなければならない。兎に角、そういう場合には印象の深い別れの言葉が云われなければならないのである。その別れの言葉を云うのが、チェーホフのやったところのものである。
 これは意味深い言だ。たとい社会の進化に何等の理論もないとしても、その変革期には、誰かによって別れの言葉が云われなければならない。
 誰かによって、殊に文学者の誰かによって……。
 優れた才能を持つ文学者が云うこの「別れの言葉」は、常に吾々の心を打つ。そして吾々をして前方を凝視させる。なぜなら、それは単なる別離の悲哀だけで成つてはいないから。新生活への、新社会への、翹望と期待、まだ仄かではあるが明かに感知せらるる黎明……そんなものをそれは含んでいる。
 いや、そればかりではない。これは単に生活様式の問題だけではない。社会組織の問題だけではない。人物性格の問題にまでふ
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