導者層の公職からの追放。主要財閥の解体。勤労者層の自覚と労働運動の勃興。言論や出版や結社の自由、其他さまざまの事柄によって、所謂無血革命が成就されようとしていました。ところが、仁木が周囲に日常見る大衆は、それらの革命的事柄に殆んど無関心であり、殆んど無反応であり、相変らずの小市民的な利己主義と卑俗さのうちに低迷していました。そこには苦悶もなく明朗さもなく、ただ呆けたような憂欝があるばかりでした。そして仁木自身も、新聞紙上で華かに謳われてる無血革命そのものには、大した関心を持ちませんでした。政治的に与えられた自由とか、或は獲得すべき自由とかは、復員帰還者として多少無理押しな行動をしているうちに、もうすっかり消化しつくして、端的に人間としての自由な境地にさ迷い出ていました。そこへ、大衆の呆けたような憂欝が反映してきて、彼の自由な心境を曇らせました。そのことに彼は内心で反抗しながら、ますます無口になり憂欝になってゆきました。俺はどんなことを仕出来すか分らないという危惧が、胸の奥に湧いてきました。もしも乱暴な爆発が起るとすれば、それは、平井や江川が気遣ったのとは別種なものとなったでしょう。
 
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