群衆の中を、水をでも押し分けるように容易く、通りぬけてゆきました。どこにも、殆んど抵抗がありませんでした。
それならば……と仁木は両腕を組んで考えこみました。と同時に、危惧の感が起ってきました。これからどんなことをするか分りかねました。その辺の人々を踏み潰すかも分りませんでした。そういうことが起らないとは保証出来ませんでした。新たな深淵を覗きこむような怖れと寂寥が襲ってきました。
彼は真直に歩いてゆきました。焼け跡に出ました。そしてなお歩き続けながら、このままでは済むまいと思い、一種の戦慄に似た眩暈を感じました。
路傍に仄白い石がありました。彼はそこに腰を下して、煙草を吸いました。傍には丈高い雑草が繁茂していました。青臭い匂い、辛い匂い、薄荷めいた匂い、それらが一緒になって、彼を誘いました。彼は野獣のように茂みの中にころげこみました。
時がたちました。仁木は何かの気配に、むっくり身を起し、びっくりしたように突っ立ちました。すぐ近くに、二人の女が立っていました。その二人が、一息つくまに、走りだしました。走りだして、一散に逃げてゆきました。その方へは仁木は眼もくれず、首垂れながら、
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