の解放とか、思いつくままを呟いた。
「駄目です。」と秦は遮った。
 彼は保甲青年団にも少し働きかけてみた。思わしくなかった。それから故郷のことに思いを馳せた。支那全土の耕地の三パーセントを占むると言われる墓地、到る所に見られる墓地のことが、新たな意味で頭に浮んだ。それから、天災や戦乱で流離常ならぬ農民のことが、新たに頭に浮んだ。
「土地です、土地に対する愛着です、大切なものは……。」と彼は星野に言った。
「多くの人がそれによって生きてる日本では、あなたには却って理解しにくいでしょう。」
「いや、分るよ、よく分る……。」
 だが、星野の言葉は空虚な響きを帯びていた。
「私は旧弊なことを考えたものです。」
 そう言って秦は笑った。星野の胸にその笑いが、鋭いものを伝えた。
 賑かな大通りに出ると、張は三輪車を三台つかまえた。星野は秦の横に乗せられた。頭も身体もふらふらしていた。[#「ふらふらしていた。」は底本では「ふらふらしていた」]
 静安寺路の奥まったダンスホールに一同ははいった。特別な待遇を受けたらしかった。強烈な酒が出された。
 音楽は拙劣だったし、妙に客も少くて淋しかったが、いつの
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