ちかちか光るものがあった。眼のせいか、それはすぐに消えたが、彼はやはり空を仰いだまま、自分でも意識しない想念に囚えられて、ぼんやり佇んでいた。そこは人通りもあまりない場所だった。ところが、気がついてみると、まわりには、七八人の通行人が立ち止って、同じように空を仰いでいた。彼はも一度大空に瞳をこらしたが、何も見えなかった。変な気持ちで歩きだした。暫くして振り返ると、もうそこには人立ちもなかった。それが、夢ではないのだ。
 その話は、人々を喜ばした。彼等は秦啓源の人柄の大陸的風貌だなどと誇張した。秦啓源の方では、東京に好奇な閑人の多いのに苦笑した。
 だが、今では、秦の笑い方は異っていた。その底には、別種の真剣さが籠っていた。
 歩きながら彼は言った。
「一人が立ち止って空を仰げば、数人の者が立ち止って空を仰ぐ。
 そのようなことが、この上海で見られますか。東京には共通の一般心理があるが、上海には個々の心理きりありません。共通の心理には共通の言葉がありますが、個々の心理には個々の言葉きりありません。中国ではまず、共通の言葉を作りだすことです。」
 星野はただ漠然と、中国の統一国家とか、東亜
前へ 次へ
全21ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング