澄される。或は濃く淀んだ闇がむくむくと動き出す。空気が恐ろしい勢で徐々に流れ出す、或は風の方向が一息に変る。そして地上のあらゆるものが震えながら肩を聳やかす。無生のものが生の息吹に触れて恐れ戦くに似ている。斯く天地万象が総毛立つと共に、蠱惑的な鬼気は物の深みに姿を潜めてしまう。それはただ物凄い時刻、まだ形を具えない恐怖と歓喜との渾沌たる時刻である。復活の戦きの時である。
 その戦慄が暫く続くうちに、ふっと、全く何故ともなく凡てが消え去る空虚の時が来る。眼覚めながら息をひそめた時刻である。万象がむくむくと起き上りかけてまたとろりとやる時刻である。もはや其処には生も死も何物もない。月や星の光もぼやけ、闇の黒さも艶を失い、大地の上を押し渡る微風も息をつき、あらゆる物音が消え失せる。万象の律動がぴたりと合ったその隙間である。徹夜の者が最もひどい打撃を感ずるのは、この時刻に於てである。もはや口を利くことも、仕事を続けることも、起きてることまでが、堪え難い努力となる。天地がほっと眼覚めの息を吐きつくして、何故ともない躊躇のうちに再び息を吸い込みかねている、全く空虚な合間である。
 そして俄に、輝かしい而もまだ仄かな交響楽が、何処ともなく起ってくる。空には星の囁き、地上には遠く応え合う反響、そして一際高く、鶏の声、車の響、汽笛の音、それらの底に籠ってる人声。一時のとろりとした仮睡からはっと眼覚めて起き上る、万象の寝間着の衣摺れの音である。仄暗い夢と輝かしい幻とが入れ代る気配である。新たに立上ってくるその幻は、物の隅々まで訪れて、凡ての閉じてる眼を見開かせる。爽かな空気が空に地に流れる。草木の葉末には露や霜が繁く結ばれる。夜を徹してる者は、じっと坐についておれなくなって、故もなく立上って歩き出す。そして試みに窓を開けば、東の空には薄すらと紫の色が流れていて、それが見る見るうちに紅色を帯びると共に、遠く聞えていた仄かな擾音が、いつしか騒然たる反響に高まってきて、人の足音、小鳥の歌、星の最後の閃めき、そして地上の万物が、蒼白い明るみのうちに形を浮出して、その上を、触れなばさらさらと音を立てそうな爽かな空気が、夜の闇と夢とを運んで流れてゆく。立並んだ人家はまだ黙々と眠っているけれど、その中に在るものは、もはや夜の夢ではなくて、新たな一日の幻影である。空には清い日の光が放射し、地上には輝か
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