「余り特殊なのと作者の一人よがりとは、一寸区別のつきかねることが多いものだから……。」
「そういうこともないではないが……。」
 小説家は不平そうな顔をして、少し抗議をもち出しかけましたが、中途でふと気を変えたらしく、第二の「彼は窓際に坐っていた」を話しだしました。

 和田弁太郎はよく一人で、寝室の窓際に坐っていた。
 睡眠不足の夜が続くので、彼は学校も休みがちになっていた。そして、友人達が出かけていった後、がらんとした広い自習室に一人残って、ぼんやり考えるのであるが、それが変に頼り無いので、のこのこ寝室に上っていって、自分の寝室に寝そべってみたり、窓縁にもたれてみたりして、とりとめもない夢想のうちに坐り通すのである。
 彼にとっては、夜分寝室が息苦しいと同じ程度に、昼間は自習室が変に威嚇的に感じられるのである。六人の青年が一室に机を並べて、一緒に読書したり思索したりする、そのことから、一種の窮屈な圧迫が生れてくる。室の中に並んでる同じ形の机、同じ形の本箱、同じ形の椅子、同じ広さの座席範囲、同じ時間内の同じような勉強、そういうものがよってたかって、人並であれ人並であれと、個性へ向って
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