すると、お梅はもういない。母がうすうす事情を悟って、お梅には暇を出してしまったのだ。彼はその母の心にひどく感激して、すぐに東京へ舞い戻って、寄宿舎の仲間から何と云われようが平気で、熱心に勉強し出した、とそういう話なんだ。ところが、接吻以後は、どうも僕にはついてゆけない。むりについてゆこうとすると、通俗になりそうな気がするんだ。」
「然し、通俗になるもならないも、材料の関係じゃなくて、取扱方だけに依るのじゃないか。」
「それはそうだが、どうもはっきりついてゆけないんだ。」
「それじゃあ仕方がない。彼は彼女に接吻した、それでぷつりと切っちまうんだね。……然し、やはり変かな。」
「うむ、どうも変でね。」
「変と云やあ変だね。」
 そこで二人は口を噤んでしまいました。そして暫く互に顔を見合せながら、深く考えこみました。そのうちに、ふと白々しい気持になってきました。小説家の方も批評家の方も、自分達が如何につまらないことばかりを考えあぐんでるかということが、胸の底にぼんやり映ってきたのです。
 そして二人共、いやあなちぐはぐな、おまけに呆けた気持になって、一寸どうしてよいか分らないで、茫然としてし
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