きれと、無数に立迷ってる肉眼的なまた顕微鏡的な埃。その中に、六人の男が密閉されて、八時間眠るのである。八時間――四百八十分――六人。血気盛んな肉体の汚気が、約一万回排出される。
むーっとして、重々しく濁り淀んでいる。
そういう寝室が二階に三つ並んでいる。和田弁太郎のは、不幸にもその真中の室である。だから、彼が夜中に、夢現《ゆめうつつ》の熱っぽい気持で、ふっと眼を覚すと、その寝室の不潔な鬱陶しい蒸部屋の感じが、壁越しに左右へ伸び拡がり、或る巨大な重苦しさとなって、彼の上へのしかかってくる。そして彼は眠れなくなる。幾度も寝返りをする。がどちらを向いても、すぐそこに、手を伸せば届くところに、仲間の男が寝ている。
二百何十里かの遠い郷里から、身体と一緒にその寄宿舎に運ばれて、一度も洗濯されたことのない布団である。いくら日に干しても湿っぽく汚れている。その襟から、喉仏を露わにぬっと首がのびて、首の先の固い重い大きな頭が、枕にずっしりとのっかっている。触れたら汗か脂かでねちねちしそうな額に、毛髪が縮れ絡んでいる。布団を被っていたのが、息苦しいために伸び出たものらしい。だがいくら伸び出ても、密閉された寝室の中はやはり息苦しい。多分の血液を湛えている皮膚には、面皰《にきび》や薄痣や雀斑などが浮上っている。黄色い歯並の覗き出してる半開の口、ぽかんとした空洞な鼻孔、そこからすーっすーっと、時々ぐるぐるっと、息が通っている。
そういうのが一室に六つ、窓際から廊下の扉の方へ、横に三つずつ二列になって、ぎっしりつまっているのである。
廊下の電燈の光が、櫺子《れんじ》窓の黝ずんだ擦硝子に漉されて、ぼーっとした明るみを送っている。その盲《めし》いた朧ろな明りが見ようによって、或は赤っぽく、或はだだ白い。
或る夜、六人のうちの一人が、ふいに掛布団をはねのけて飛び起きた。
「地震だ。」
その咄嗟の本能的な叫び声に、却ってしいんとなったところへ、どどどど……ぐらり、ときたやつが、ふらりふらりとなって、波の引くように消えてしまった。
ほう、といった気持で、布団から覗き出してるのと起き上ってるのと互に顔を見合った。
「なあーんだ。」
皆こそこそと布団の中にもぐり込んだ。
「誰だい、悲鳴を挙げたのは。……本当にひどいやつが来たら、逃げようたって逃げられやあしない。死なば皆諸共さ。」
だが
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