ていた。
「新緑の旅のことも、取り止めにしていいわ。ただ……。」
山田の肩に縋りついてくる拍子に、彼女はよろけ、援け起そうとする山田の肱を横腹に受けて、その場に転がり、一声うめいて、伸びてしまった。山田の肱がそう強く当った筈はないし、地面にどこかをそう強く打ちつけた筈はないし、訳が分らなかった。
山田は彼女の上に屈みこんだ。手探りしてみると、彼女の額は冷たく、細い息は熱かった。そして膝を折り曲げ、ただぐったりしていた。抱え起したが、彼女はもう歩けないらしく、全身の重みでのしかかってきた。山田は肩と半背で彼女を支え、半ば背負うようにして、彼女の家の方へ戻っていった。
突然、感じが変った。もう今迄の美津子ではなかった。ちょっと来いの彼女ではなかった。なんだか他人のようでもあり、ひどく親身なひとのようでもあった。酔っ払らって、駄々をこねる者ではなく、心から寄りかかって来てるひとのようだった。人間としての愛情が、情慾の滓を洗い去ったかのようだった。
「大丈夫ですか。」
返事はなく、彼女はかすかに頷いた。
「どこか痛めましたか。」
それにも返事はなく、彼女はかすかに頭を振った。
「安心
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