、室の中のこじんまりした調度品、衣桁にかけてある衣類、ぽかぽか火をおこしてある炬燵……。その炬燵に彼女がいつもかじりついているように、山田は彼女の体温に寄り縋ってばかりいたのだ。
 酒はたいてい、彼女の手許に用意がしてあった。仕度が出来るまで山用はトランプを借りて独り占いを始めた。執拗に繰り返した。
 女とは退屈なものだ。愛情とは退屈なものだ。然しいったい、退屈でないものが世の中に何があるか。山田はいつまでも占いをやめなかった。
「もう宜しいじゃありませんか。」
「いや、思う通りのものが出来るまで、夜通しでも続けます。」
「饒舌るのが煩いから……。そんなら、わたし黙ってますよ。」
 黙りこくって酒を飲んだ。
 山田はふいに顔を挙げて言った。
「新緑の旅、きっと行きますよ。」
「あら、そんな占いなんかできめたこと、わたしいやだわ。」
「占いは別のことです。実は、一週間ばかり旅行しなければなりません。新緑の旅は、その後でいいでしょう。」
「どこへいらっしゃるの。」
「水戸方面、それから真直に東へ……。」
「まっすぐ東へ行ったら、太平洋じゃありませんか。」
「そうです、海の中です。」
「でた
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