っていた。笹部と喜代子とが帰ってゆく時、座も立たなかった。
 何という奴だ。……またあの喜代子までが一緒になって……。
 それでも、ふっと……日の蔭るような風に、眼頭が熱くなってきた。それから便所に立った。ぞっとするような寒い晩だった。
 中野さんはまた改めて熱い銚子の前に坐った。そうしてうとうとと酔いかけているうちに、いつのまにか知らず識らずに、醜く醜く……といったような気持で、大きな口をあちらこちらに歪めたり、眼瞼のたるんだ眼をぼんやり見据えて、太い眉をぴくりぴくり顰めたりしていた。
 誰を何を、愛していいか憎んでいいか、それがごっちゃになっていた。
 さらさらと雪が落ちるような気配に、中野さんは我に返った。そして茶の間の方へ立っていって、年上の女中に尋ねた。
「あの男をどう思う。」
「そうでございますね……。」
 女中は口先だけで答えながら、また怪訝そうに中野さんの顔を見た。
「やはり大きな手先だね。」
「でも……手先の大きいのはよいと申すではございませんか。」
「ふーむ……。」
 うわべだけは尤もらしく首を傾げながら、中野さんは頭の底に、喜代子の黒水晶の眼の光を思い浮べて、なぜ
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