一の字に引かれた眉、白い頬に浮出してる長い揉上の毛、真黒な房々とした髪――無雑作に取上げて後頭部でくるくると束ねた、両手に握りきれないほど多量な髪、どれもみな、処女眉、処女揉上、処女髪だった。そして、それにふさわしい眼付と顔立。彼女を見ると中野さんはいつも、赤い粗らな髯の下の大きな口付を他愛なく弛めて、独り嬉しそうににこにこしていた。
そして不思議なことには、中野さんは一度も喜代子の結婚について考えたことがなかった。喜代子を自分の子供の誰かに貰ってやろうとか、またはいいところへ世話してやろうとか、そんなことはまるで忘れてしまっていた。喜代子はもう学校も卒業しているし、年も十九になっていたが、中野さんにとっては、いつも、そしていつまでも、無邪気な処女だった。
三月はじめの或る日曜日に、喜代子は菜の花を沢山持ってやって来た。そして座敷の床の間の花瓶にそれを生けようとした。がどうもうまくゆかないらしく、しまいには変にじれ出してしまった。
それが中野さんには面白かった。が中野さんはもっともらしい口の利き方をした。
「菜の花だけを生けようったって無理だよ。何かしんになるものがなくちゃあ…
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