愛を思わせるような月明の夜とは、何等の卑俗な気分にも濁らさるることなく、そのまま人の心に受け容れられる。
秋は、凝視の季節、専念の季節、そして、自己の存在を味うべき季節である。秋の本当の気魄に触るる時、誤った生存様式――生活――は一たまりもなくへし折られてしまうであろう。その代りに、正しい生存様式――生活――は益々力強く健かに根を張るであろう。春から夏へかけていろんな雑草に生い茂られた吾々の生は、秋の気魄に逢って、その根幹がまざまざと露出されて、清浄な鏡に輝らし出されるのである。秋に自己を凝視してしみじみとした歓喜を味い得る者こそは、幸なる哉である。
秋には、狭苦しい書斎から、もしくは、蒸し暑い工場から、戸外の大気中に出でて、野や山に遊ぶがよい。遊んでそして、地面の上に寝そべるがよい。大空の下大地の上に、ぽつりと投げ出された孤独な自己を、あくまでも見守りそして味うがよい。――然しながら、その時真に秋を讃美し得る者が、果して幾人あるであろうか。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2005年12月7日作成
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