条件反射
豊島与志雄
煙草
煙草の好きな某大学教授が、軽い肺尖カタルにかかった。煙草は何よりも病気にさわるというので、医者は禁煙か然らずんば節煙を命じ、家人たちもそれを懇望し、本人もその決心をした。ところが彼は、多年の習慣で、煙草の煙が濛々と立罩めた中でなければ勉強が出来ない。節煙の決心で書斎に坐っていると、うまいまずいの問題ではなく、殆ど無意識的に、いつしかやたらに煙草をふかしては、苦しい咳をしている。――然るに彼は、学校で、二時間の講義の間、煙草を吸いたいなどという気は毫も起ったことがない。教室では全然煙草を忘れてしまうのである。
彼は嘆じて云う。「煙草を節するには、朝から晩まで立続けに講義をするか、或は書斎を教室に改造するかより、他に方法はない。」
彼にとっては、教室で煙草を吸わないことと、書斎で煙草を吸うこととは、全く同一の条件らしい。
接客
父祖数代江戸生れで、本当の江戸児――東京児――だということを誇りにしてる、老婦人がある。意地っぱりで気はしっかりしているが、数年来病弱で、始終医薬に親しみ、家の中でぶらぶら暮している。そして一度来客
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