読点が整然としていたそうである。然し、妙に作為が多くて真情の流露が乏しかった。彼は唖然として、嘆じて云う。「彼女は真の創作家にはなれそうもない。」

      襯衣の釦

 某君が他の同志たちと共に、懸命に帯封書きをやっていた時のことである。一種の非合法性を持った印刷物の帯封で、その晩のうちに片付けなければならない状勢にあった。その時彼は和服を着ていて、袖口が仕事の邪魔になるような気がするので、片肌ぬぎになったところ、襯衣の釦が一つ取れていて、そこから痩せた胸が覗き出す。それが次第に自分で気になって、片手で胸元を押え押え帯封書きをしていたが、またすぐに痩せた胸が覗き出す。彼は右手で懸命にペンを走らせながら、そして左手で夢中に襯衣の胸元をつくろいながら、額から汗を流している……。その様子が、とてもおかしかったと、後で誰かが笑った。
「ばか!」と彼は一喝した。「僕は大衆の面前で素裸になっても平気だが、襯衣を着てる以上は、その釦の取れたところから痩せた胸を見せるのは気が引ける。それはイデオロギーの問題じゃない。情操の問題だ。釦の取れた襯衣を着るくらいなら、一層襯衣をぬいじまった方がいい。」
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