した。薄の穂がまばらに突き立ってる野原が、あちこちにありました。
 肌寒い思いで、草履の足を引きずって、尋ねあるきましたが、それらしい家は見当りませんでした。
「たしかにこの辺でしたの。」
「そう思いますけど……。」
 心許ない短い問答きりで、二人はあまり口を利きませんでした。
 人の住んでいそうもない、静まり返った家ばかりで、通りがかりの人影も見えませんでした。
 二人は町筋に引き返しました。荒物屋、煙草屋、それから蕎麦屋と、三軒に尋ねてみました――。小川加代子というひと、歌沢の師匠をしている寅香というひと、少女を使って静かに住んでる若い女のひと……。
 それを、どこでも、誰も、一向に知りませんでした。こんな田舎では、どんな些細なことでも皆に知れ渡ってる筈なのに、彼女のことについては、何の手懸りもありませんでした。
「おかしいわね。」
「ほんとに……。」
 二人はまた、ぼんやり沼の方へ行ってみました。そして水際まで降りてゆきました。冷たい風が、間をおいて、水面を渡ってきますきりで、人影も物音もなく、小鳥の声さえ聞えませんでした。
「どうしたんでしょうね。」
 と八重子は呟きました。

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