ていますのが、あの女でした。
 八重子はその写真を指し示しました。
「これ、誰ですの。」
 清子は、写真の方ではなく、八重子の顔を眺めました。
「あら、御存じありませんの。寅香さん……それ、高次さんのあのひと……。」
「これが……。」
 歌沢寅香、本名は小川加代子、かつて親戚や友人間に問題となった柳橋の芸妓で、深見高次の愛人でありました。
 彼女と高次との間がどういうものであったかは、本人たち以外には分りません。表立った事柄としては、高次が周囲の反対を押し切って、彼女と結婚すると宣言したことでした。それから、周囲の反対が高まるにつれて、高次の意志もますます強固になり、一時、彼女に御座敷を休ませて、二人で旅に出たりしたこともありました。それから、花柳界の閉鎖や、高次の召集など、戦争の渦中に彼等も巻きこまれました。高次は出発に際して、かねてから二人の間のひそかな同情者たる姉の清子に、二葉の写真を預けましたきりで、彼女の生活や居所については何にも明かしませんでした。――それらの事件の間中、彼女の名前は、歌沢の方の名取たる寅香とばかり呼ばれる習わしになっておりました。
 八重子は長く写真を見つ
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