あめ》えんだな。」
 庄吉は妙に反抗したいような気が起ったが、別に何とも答えないで専太の方をじろりと見た。専太はにやにや笑って惣吉の話をきいていた。一体専太は始終休みなしによく働くばかりの小僧だったが、いつもにこにこしてるのみで口数の少ない少年だった。それに反して惣吉は横着な影日向をする少年だった。そしていつもお主婦さんの機嫌ばかり取ってることが庄吉にも分っていた。お主婦さんから時々、内証でお小遣を貰うことを庄吉も聞かされたことがあった。「俺は働きがあるんだい。専太の野郎とは異《ちが》うんだからな。」と彼は云った。「惣吉や。」とお主婦《かみ》さんは呼んだ。そして彼はよく昼過ぎのお茶受けを買いにやらされていた。
 然し庄吉は何だかお主婦さんに昵《なじ》めなかった。
「お前年季に上りたいんじゃないのかい。」といつかお主婦さんは彼の眼の中を覗き込むようにして尋ねたことがあった。「私もそれがいいと思うんだがね。……然し小母《おば》さんは随分のしっかり者らしいね。何かつらいことがありはしないかい。あったらそうお云い、私が悪いようにはしないから。でももう暫く辛抱するんだね。そのうちにどうにかしてあげるよ。うちの親方もお前には見込があると云っているんだからね。」
 庄吉はそう云われたことが嬉しいよりも寧ろ何となく恐ろしく思えたのであった。自分の未来のことを考えると、触れてならないものに触れたような恐しさが後で萠した。そして大留《だいとめ》のうちにも種々な術策が方々で行なわれていることが漠然と彼の頭に入《はい》って、それが一層彼の心を臆病ならしめた。
 或日の夕方大留の仕事場から帰って来て台所口の方に廻ろうとすると、その日先に帰った金さんがおせい[#「せい」に傍点]と何やら声高に話している声がして、庄吉という言葉がふと彼の耳に入《はい》った。
「大留《だいとめ》さんが見込がありそうだというんだ。」
「そんなことが子供のうちから分るもんかね。」
「いや兎に角器用なんだ。今までに一度だって怪我もしなかったじゃねえか。」
「何をいうんだよ、お前さんは。怪我でもされて高い薬代を取られた日にはかなわないじゃないかね。」
「まあそれもそうだが、大抵の者あ怪我の一二度はするものさ。……兎に角|大留《だいとめ》さんは多少見所がありそうだから年季に上げたらどうだというんだ。それにお主婦《かみ》さんが
前へ 次へ
全15ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング