。どんな場合にも挙措を乱さないだけの沈着と、一寸文学をも弄べるだけの怜悧な才能と、家政をも整えてゆける手腕と、人を外らさぬ気転など、大抵の美徳を具えていて、その代り、特殊な官能や、不幸に対する理解や、熱烈な情操などは、可なり欠けてるらしく見えた。一口にいえば、円満な平凡な現代婦人らしかった。そういうことを、私は彼女の全身から直覚的に感じて、みさ子と彼女との間に、心の据え場に迷った。
「あの時の……あれはあなたでしたか。」と私は漸くにして云った。
「ええ。あなたはもうお忘れなさいましたの?」
「それでも、何だか別な人のような気がするんです。ほんとにあなただったのですか。……そんなら、実際あの時は失礼しました。いやにあなたの顔ばかり見まして……。私はあの時一寸変な……夢を考えてたものですから。」
私は途切れ途切れにそんな風な滑稽な口を利いた。彼女は笑った。これから御交際を願いたいと云い出した。私はただ一言気のない返事をした。そして友と女画家との方へ戻っていった。
暫くして私と友とは帰っていった。帰りながら私はN夫人のことを頭に浮べた。「下らないことを覚えていたものだな!」と考えた。そし
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