線を待ち受けたが、彼女はいつまでも私の方を見てくれなかった。で私は眼を後廻しにして、先へ進んでいった。
彼女の鼻は、日本人にしては高すぎるくらいに、急角度で細く聳えていた。或は鼻筋の上の一際濃い白粉のせいで、そう見えるのかも知れなかった。が何れにしても、みさ子の鼻はそれほど高くなくてよかった。遠くから見て、鼻が眼につく顔立ではなかった。然し或は彼女の鼻も、高いわりに細そりとしてるので、遠くから見たら余り眼につかないかも知れない……。がそれは大して関係のないことだった。ただ真直な鼻であることだけで沢山だった。――頬の工合は、全くみさ子そっくりだった。肉附が薄くて、興奮したら益々蒼ざめてゆきそうな頬、一人で思い耽っていて、微笑の影のさすことがない頬だった。その蒼白い皮膚の下には、或る神経質なものが漂っていた。みさ子はどんな姿態をしても、またどんな夢想の折にも、時々多くの女がなすように指先で軽く頬を支えることがなかった。またその頬へ、決して接吻を許さなかった。或る小さな新劇団にはいっていた頃、有名な劇作家が酒の上の戯れで、その頬に接吻しようとした時、口ならいいけれど頬辺はいやと答えたのは、今でもその方面の話柄に残っていた。――彼女の口元から※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]も、みさ子に丁度ふさわしかった。心持ちしゃくれながら長めに尖ってる※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]と、きっと結んだ冷たそうな唇とに、何かしら堅固な意志表示が見えていた。少し皺のある歪みがあるその唇は、歯並の悪さを想像させた。みさ子は或る時恋人の大学生と郊外散歩に行き、子供らしくはしゃぎ出して、歩きながら林檎を皮のまま噛った。噛り取った林檎に、凸凹の小さな前歯の跡がついた、まではよかったが、林檎の皮が歯の間に方々はさまって、恋人の持ってるマッチの棒を楊枝に使っても、どうしても取りきれないで、長く不快な気持を味わされたのだった。――彼女の襟元には、すぐ眼につく大きな黒子《ほくろ》があった。それは私もまだ、みさ子に想像していないことだったが、みさ子にくっつけても非常によく似合いそうだった。
この黒子という新発見に、私は一寸嬉しくなって微笑みながら、水色の襦袢の襟からそれが覗き出してるのを、いつまでも眺めていた。そのうちに、汽車は戸塚と程ヶ谷との間の隧道にはいった。耳鳴りがするような大きな
前へ
次へ
全9ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング