びえている。その幹によりかかって、私は泣いた。
悲しいのではない。悲しいといえば、誰も彼もみな悲しい。お父さんも、お母さんも、姉さんも、手塚さんも、作家先生も、みな悲しい。だが、私だけは、ちっと違う。いとおしいほど自分が大切なのだ。大事な大事なものが、自分の肉体にあるのだ。処女……。私はそれを護り通そう。その名において、すべてのものに抗議をしよう。一寸の虫にも……と言われているが、大事なのは五分の魂じゃない。一寸の……いや、虫はいや。処女は虫じゃない。花みたいなものだ。たとえ小さくとも、何の役にも立たなくとも、清らかで香り高くさえあれば、必死に護り通してやらなければいけない。童貞処女を喪失してる世の中だ。反抗してやれ。
私は泣いた。うれしくて泣いた。銀杏樹には、今は雀はいない。小雀、小雀、帰ってこい。チイチク、チュクチュク、チイチク、チュクチュク、騒ぎまわってくれ。胸の張り裂けるほど囀ってくれ。
底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1−13−24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「光」
1948(昭和23)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング