いわ。」と私は言ってみた。
 お父さんはまた頷いて、しくしく泣きだした。何を考えてるのか、ちっとも分らない。嬉しくて泣くのか、悲しくて泣くのか、それさえも分らない。
 横手のかなたに見える銀杏樹には、雀の声がもうしなかった。一群れずつ、ぱっぱっと四散して、どこかへ行ってしまったのであろう。
「あら、もう雀がいなくなったわ。すっかり明るくなったから、どこかへ出かけてしまった。」
 黙っているのが辛くて、分りきったことを言ったが、そこで、私は真面目になった。
「お父さん、あの銀杏樹の雀ね、うるさいの、それとも楽しいの、どちらなの。雀がすっかりいなくなった方が、およろしいの、それとも、たくさんいた方が、およろしいの。」
「ほう、雀ね。好きかい。」
「好きよ。うるさい時もあるけれど。」
「そうだ、そうだ。」
 お父さんは一つ大きく息をしたが、雀のことは要領を得ず、きょとんとしている。私は追求した。
「秋になって、銀杏の葉が散ってしまったら、雀はどうするんでしょうね。」
「同じだよ。」
「やはりあすこに住むのかしら。」
「住むね。」
「そんなら、わたしたち人間も、雀みたいだといいわね。空襲で家が
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