がすると母に言った。昨晩遅くなって、風邪をひいたのかも知れない、という口実で、布団にもぐりこんでしまった。手塚さんを駅まで見送りに行くことになっていたが、誰が行くものか。姉さんだけ行くがいい。首縊りのキスのお伴なんか御免だ。
私は夢をみてるような気持ちで、それからほんとにうとうと眠ったらしい。眼がさめると、涙が出ていた。
お母さんは、もう裏口で洗濯をしている。お父さんは、縁側でぽかんとしている。中風といっても、手足や言葉が自由にならない程度の軽いもので、ただひどく泣き上戸だ。
私は顔を洗い、泣いたらしい眼をよく洗って、さっと髪をなでつけ、お父さんのところへ行ってみた。
「おう、おう、起きたか。」
私は笑顔をした。
「よかった。風邪が、なおったか。」
お父さんはもう泣いている。
「淋しかろ。手塚さんが、いってしまった。がまんしな。」
お父さんて、何を言うんだろう。お父さんこそ、むかしは、工場の庶務課で、手塚さんの父親と同僚だったし、手塚さんを好きだったんじゃないか。
「わたしじゃないわ。お父さんが淋しいんでしょう。」
お父さんは頷いて、鼻をすすった。
「姉さんも、きっと淋し
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