に答えているのかしら。二人は結婚するつもりかしら。手塚さんの病気が故障となってるのかしら。そんなことを、私は考えてみたくないのだ。首縊りのキス、あれだけでもうたくさん。二人の間には肉体の関係まであることを、私はぼんやり知っているが、それも首縊りの必死のキス同然、グロテスクなものに違いない。真の恋愛の清らかさや香り高さは、どこにもあるまい。なぜなら、はじめから手塚さんは童貞でなかったし、姉さんは処女でなかった。
 私は処女なのだ。ヴァージニティーの矜りを持っているのだ。

 あの前の日も、ばかなことがあった。
 私が勤めているのは、或る出版社で、おもに私は校正をやっている。たいていの人は校正の仕事を厭うのだが、私は好きだ。印刷されてる文字を一つ一つ辿って、誤字を直してゆくのは、のんびりしていてよい。文字にはそれぞれ表情があって、怒ったり悲しんだり笑ったりしている。思ったほど単調な仕事じゃない。その代り、私の校正は甚だゆっくりだし、きたない原稿と照合することを怠って、意味さえ通ずれば一句ぐらい落すことも平気だから、編輯の人からよく叱られる。のろまで無能だということになっている。
 そののろまで無能な私も、時には、雑誌の方の原稿の催促にやらされる。この方は、校正よりもっと責任が軽い。編輯者が約束してきた原稿を、期日間際になって、注意喚起の意味で催促に行くのだから、ただ機械的な挨拶ですむ。
 そういう用を、午後に言いつかった。帰りは会社に寄らずに真直に帰宅してよいのだ。
 午後の陽がだいぶ傾いた頃、その作家のところへ行った。期日などは少しも守らないことで有名な先生だ。そんな先生ほど私にとっては却って楽なのである。
 先生は不在だった。近くの飲み屋に行ってるとのこと。そちらへ伺った。
 先生は酒を飲んでいた。三人ほどお友達といっしょだった。開け放しのとっつきの室だ。私が名刺を出して、原稿のことを話すのを、先生は黙って開いていたが、突然言った。
「ふしぎだ。君はよく似ている。姉さんか妹さんか、雑誌社に勤めてるひとがいるだろう。いや、ふたごかな。そっくりだよ。」
 私が先生のところへ来たのは二度目である。初めの時は、先生はそんなことを言わなかった。
「ふたごでない、姉さんも妹さんも勤めていないと、ほんとかね。だが実によく似てる。そっくりだ。誰が見たって間違える。」
 私はへんな気
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