んだ。
「案山子とは何だ、案山子とは……。」
「然し、街路樹よりも……。」
杉本は突き飛されたのを感じた。それをふみこたえた瞬間、顔の前に、大きな挙《こぶし》が突出された。
「こい!」
酔っていた。何のことかよく分らなかった……誰にも。好奇の色を帯びた真剣な眼が、幾つも光った。
大きな拳が、有吉の鼻の頭をこすって、ぬっと、も一度前に出た――極度の侮蔑で卓子の上に、尖った三角ナイフが光っていた。それを掴んで、杉本の顔に皮肉な笑いが上って、どうだ……といった調子で、つきつけたのが、手首をぐっと引かれた。はずみをくって、よろけながら、握りしめた手先の力が籠って、全身の重みがかかった……。
杉本は、前のめりに、ぱったりと倒れた。
瞬間の出来事だった。
次の瞬間、杉本は飛び起きて、顔色を変えて、震える手にナイフを握りしめていた。その腕が、人の手に押えられた。眼の前に有吉はつっ立って、頬に微笑の影を湛えていた。が、その右の大腿部の、軍服が裂けて、血が……。
「ば、ばかなことを! 気をつけろ!」
そして彼は、一歩よろめいて、卓子につかまった。顔をしかめた。眼を落して、腿の血を見た。
「
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