クールの瓶は多く、彼等の手に奪われていった。多くの漫画が、時には田代芳輔自身の漫画までが、或は細密に、或は横顔だけ、漫談のうちに描かれていった。哄笑が起った。そういう時、彼等の癖として、坐り直したり、立上ったり、一二歩あるき出したり……。その中に、有吉祐太郎が、愉快そうに髭をひねっていた。軍服で、勲五等の旭日章を一つ、胸につけていた。赤い太陽と白銀の光線とが、笑うたびに、光の反映を受けて、茶褐色の服地の上に浮出した……。
 時間が過ぎて、夜空に、星の光がました。露の結ぼれかけてる気配《けはい》の、植込から向うは、しんと静まり返って……。
 やがて、座敷の方の人数が、少しずつ減っていった。田代芳輔は席を立って、袴なしの細そりした身体を、庭の方へ、一巡、静に運んでまわった――居間に引込む前に。
 有吉等の一群の横に、高張の柱の影を受けた暗がりに、杉本浩は、卓子に肱をついて、ウイスキーの瓶を引寄せて、無言で、夢想に耽っていた。異邦人といった気持の、孤独感の中で、その夢想は幻覚的な形を取っていった――
 ――田代さんは、夫人を相手に、夕食の膳に向っている。膳――黒塗りの大きな餉台、その横手に、
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