はっは……そう韜晦せんでもいいでしょう。意見は意見だし……。」
云いかけて彼は、忘れてたものを急に思い出したように、眼玉をぎょろりとさして、あたりを見廻した。
「一体君は、韜晦癖があっていかん。あの……今日は、どうしたんです。僕に紹介してもいいでしょう。」
「誰のことです。」
「この前、誰か、女のひとが、いたようですが……。」
彼の揶揄的な微笑に対して、杉本は直截に答えた。
「あの女ですか。今日は……出勤していますよ。」
「出勤……。」
「カフェーの女給です。」
「ほう……。そして君と……。」
「共同生活を、一時、しているんです。そのうちには、また、別れることになるでしょう。」
有吉は、此度は本当に眉をひそめた。下唇の厚いその口から、強い語気が洩れた。
「いかん、それはいかん。」
有吉は云うのである。――くろうとの商売人と遊ぶのは、男として、場合によっては恕すべき点がある。然し、しろうとの女を弄ぶのは、断じて排斥すべきだ。ヨーロッパの大都市では、男女関係に於て、くろうと、しろうとの区別が、一般に殆んど無視されている。それは、徳操が頽廃してる証拠だ。日本人はまだ、両者の区別をはっ
前へ
次へ
全40ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング