、実業家、官吏など、和服や洋服が、置き並べた食卓を取巻いている。食卓の白布に、水盤の盛花がはえて……料理は質素で、銚子の数が多く……。そして賑かに、だがどことなく落付いて、互に献酬したり、或は手酌で……。食卓の列の、半ばから後は人がなく、卓布と花と陶器とが淋しそう……。
その、座敷をすてた人々は、庭に散在していた。二三ヶ所に、卓子の寄合、椅子、長椅子、木のベンチ……。花も卓布もないが、大きな皿に堆く、サンドウィッチ、菓物、そして、サイダー、ビール、ウイスキー、コニャックなど。和洋種々の煙草……。強いリクールの、とろりとした液体が、煙草の煙にくもって……座敷よりも遙に、電燈の光と高張提燈の光との差を逆に、元気で粗野で騒々しく……。そしてあらゆる意味で少壮の、或は未完成の、型の出来ていない人々だった。
座敷では、時々、銚子を運ぶ女中たちが、酌はしないで往き来するだけが、無言の色彩を添えていた。彼女たちが、提燈の蝋燭を取代えたのは、もうだいぶ前のことだった。
この、田代家の、大震災記念の宴は、おかしな集会だった。料理が粗末で飲物が豊富なのは、多少その名にかなっていたが、そうした集りに当然あるべき、婦人や少年の姿は、少しも見えなかった。そしてただ、田代芳輔が、苦の活動範囲内の――今でも一派の糸を引いてる範囲内の、縁故の深い、重立った、男子ばかりであった。彼等は、何等かの意味で、田代芳輔が再び起つ――或は新らしく起つことを、信じていた。世間には発表されずにしまった或る対宮中問題の責を引いて、今ではただ、余生を楽しむらしい風をしているが、精力や富力からして、それで終るべき人物ではなかった。で、この集りでは、大震災の思い出も、話の主題となり得ないで、時事を中心とする政治経済の談話の、随伴物たるに過ぎなかった。而も、その政治経済上の問題も、断片的に、諷刺的に、暗黙の理解のうちに取扱われて、言葉で語られるよりも、言外の気味合で触れられることが多かった。外見、一夕の宴は、世間的な談笑のうちに過ぎていった。賢明な田代夫人は、早めに形式的に飯を出してしまうと、後の酒宴からは席をさけて、女中たちをも侍らせなかった。
その全体とは、少し調子がちがって、露骨に、辛辣に[#「辛辣に」は底本では「辛棘に」]、詭弁的に、だが多少鈍重に、鈍感に、憚りなく談笑してる一群が、庭の一方にあった。強いリ
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