ら、君に教えを乞わなくちゃならんことも、いろいろ出てきそうで……。」
 変な挨拶である。その裏の気持を読み取ろうとして、杉本は、相手の顔色に眼をつけた。有吉は眼を外らして、書棚に並んでる、和洋雑多な書籍を物色し初めた。
 バラックとも云ってよいほどの、粗末なアパートの、和洋折衷の室である。四角な区劃、それが、入口の控室で切取れ、押入で切取られ、下が三尺の戸棚になってる床あきで凹み、奥の室に通ずる襖、硝子戸の六尺の窓……。片隅に机を据えて、その横で……。主客とも、何だかその処を得ないような様子である。杉本は、不器用な手附で、茶と菓子とをすすめ、有吉は、書棚の方へにじり寄っていた。
「ほう、随分多方面なものが……。クロポトキン……明快な論理だそうですね。」
「少し集めていますが、隙が出来たら読んでみるつもりです。」
「アナトール・フランス……面白いですか。」
「それも、まだ読んでいないんです。」
「マジー……と、魔法ですか。これは愉快でしょう。」
「それも、実はまだ……。」
「…………」
 ちぐはぐな問答が続く……。
 有吉は坐り直して、渋茶をすすった。
「君は、自由に研究が出来て、羨しいですね。僕なんか、隙がないものだから……。それで、ロシア通の話を聞けば、労農政府に同感してくるし、イタリア通の話を聞けば、黒シャツに同感してくるし、去就に迷う始末なんで……は、は、はっ……。」
 突然笑い出した。が、案外真剣で……。
「君はどう考えるですか。」
「え?……。」
 そして二人の間に、全く観念的な会話が展開していった。要約すれば――
 杉本は云うのである。――ファシズムには、それ自身二つの矛盾を含んでいる。ファシズムは元来、ブールジョアジーの攻勢的武器であって、その対敵目標は、ブールジョアジー以外の凡てにある筈だ。それが、発展の道程に於て、広く大衆に――小ブールジョアジーのみならず、小農民階級やプロレタリアートの或る層にまで、立脚しようとする。そこに機構的矛盾がある。また、ファシズムは、それ自身の独裁を目的とする。随って、議会政治の無用――立法権に対する執行権の優越を、肯定するものである。然るに、それを議会政治の基礎の上に獲得しようとする。そこに手段的矛盾がある……。
 有吉は心持ち眉をひそめていた。が敢て抗弁はしなかった。杉本はその肉の厚い顔付に、かすかな笑いを漂わしてい
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