と、何のために歩いてるのか分らなくなる。一体銀座通りは、目当てなしに急いでつき切るべき処ではなく、ぶらりぶらりと歩くべき処だ。コーヒーの香りかビールの泡に身を任せておくべき処だ。それを彼女は、木で出来た人形のようにぎごちなく、而も足早に歩いていく。私もしたがって足を早める。だが、身体は追いついても、心は後れる。もう見ず識らずの他人だ。他人のあとについてゆくくらいばかげたことはない。
 もう十一時過ぎなのか。だが十一時を過ぎても、他の場所だったら、たとえしんしんとした神社の中でも、淋しい野の中でも、彼女は何かしら生々としたものを、血の通ってるものを、示してくれるだろう。ところが銀座では、彼女は血の通わない自動人形だ。なぜだろう。もうこんなところを一緒に歩くものではない。そこで、私の心は更に後れ、身体まで後れてくる。然し彼女は知らん顔で、とっとっと歩いてゆくのだ。

      三

 東京湾で舟を乗りまわすのは面白い。乗りまわすといっても、和舟にモーターのついた、舟宿から出してくれるあれだ。
 冬は鴨猟。夜のひき明けがよいので、少し寒いが五時頃、薄暮いうちから出かけるのである。御猟場の近
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