の意志はなに一つ働かず、まるで木偶のように扱われてしまったのだ。仏壇を拝ませられた上に、古いコートをお時儀して受け取り、それをかかえて、まるで女中のように出て来てしまった。――彼女は、芝公園の近くで自動車を降り、運転手に心附けも与えず、公園の中にはいって行き、人通りのないのを見計らって、コートの風呂敷包みを路傍に叩きつけた。自分自身が穢らわしかった。
その夜、彼女は柿沼への復讐を考えた。柿沼を殺してやろうかとも思った。ほんとに殺してやろうかと思った。なかなか眠られず、夜明け近くなってうとうとした……。
千代乃の飛び飛びの話を綴り合して、だいたい右のように、長谷川は理解した。
「それだけで、ほかになんにもなかったんですね。」
「ほかにって、どういうことですの。」
「いや、それだけのことなら、却ってさっぱりしていいじゃありませんか。柿沼さんらしいやり方だけれど、後腐れがなくていい。」
千代乃は刺すような眼付きを、長谷川に据えた。
「長谷川さん、あなたも、わたしをさげすんでいらっしゃるのね。そうでなければ、そんなこと仰言るわけはありません。」
「どうしてでしょう。僕にはよく分らないけれ
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