たし一人で行くわ。」
駄々をこねるというよりは、無理強いなのである。然し長谷川には、それが心に甘く泌みた。
「行ってもいいけれど、どこといって、僕は知った場所がないし……湯ヶ原にしましょうか。」
「いや、あすこはもういやよ。ほかのところ、どこでもいいわ。」
考えてるうちに、長谷川はふと思い出した。江戸川べりに、石山がなんどか原稿書きに行った家があり、鄙びて静かで小綺麗だと聞かされていた。果してどんな所か、行ってみなければ分らないが、とにかくそこを持ち出してみると、彼女はすぐ賛成した。
「そこへ、これから行きましょう。」
「これからって、僕はいきなり飛んで来たんだから、研究所にもちょっと顔を出しておかなければならないし、仕度をしに家へもちょっと寄らなければならないし……。」
「あら、わたしだって、このままではどうにもならないわ。」
三時にお茶の水駅の東口で待ち合せることにきめた。喫茶店を出るとすぐ横の化粧品店で買物をする千代乃と別れて、長谷川はタクシーを拾った。忙しかった。研究所から自宅へ、それからお茶の水駅へと、駆け巡った。
方向が違った感じである。千代乃が出京したら、手近なと
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