一匹逼っていたとすれば、踏みつぶして通るよりほかはありません。」
 それが、過去のことではなく、現在のことのように、長谷川には受け取られた。とっさに、反抗の気持ちに駆られた。
「どうして蚯蚓なんです。」
 柿沼の光った眼差しが、じっと長谷川の上に据えられた。
「なぜ、蚯蚓であって、蛇ではいけないんです。」
 柿沼はちょっと小首を傾げた。
「蚯蚓なら踏みつぶして通る、蛇ならよけて通る、ということもありますからね。」
「ほう、そういう意味ですか。なに、蛇だって構いません、踏みつぶして通るだけのことですよ。」
 柿沼のうちには、少しも敵意は見えなかった。その眼差しはまた陰ってきた。然し、なにか決定的な距てが二人の間に置かれた。
「これだけお話すれば充分です。」柿沼は独語するように、そして憂鬱そうに言った。「よいところでお逢いしました。ここへは、しばしば来られますか。」
「いえ、めったに……。」
「そうですか。」
 柿沼は女給を呼んで、勘定を聞いた。長谷川も、自分のぶんだけの勘定を払った。そして一緒に立ち上った。
 スタンドの前を通って、薄暗い階段口のところで、柿沼はちょっと足をとめた。
「あ
前へ 次へ
全97ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング