見ています。私が声をかけると、辰さんは戸をしめて、そして言いました。
「いま、足音がして、だれか、戸を叩きませんでしたか。どうも、旦那のようだったがなあ……。」
夕方のことから引続いた錯覚なのでしょう。私にはなにも聞えなかったのです。
それから一時間ばかりたって、また同じことを辰さんは繰り返しました。私にはやはりなにも聞えませんでした。気のせいかな、と辰さんは呟いて、寝てしまいました。
もうじっとしておるべきでないと、私ははっきり悟りました。
翌日、つまり昨日のことですが、私は兄に向って、柿沼からなにか言ってきてはいないかと尋ねました。なにも便りはないそうです。よかったと思いました。もし柿沼がやって来るか、面倒な手紙が来るかすると、まずいことになりそうです。私の方から出かけていって、柿沼に逢ってみようと思います。きっぱりと処置をつけたいのです。けれども、やめた方がよいとあなたが仰言れば、柿沼に逢うのはやめます。
準備が出来次第、私は三田の伯母さんの家へまた参ります。少しまとまったお金を用意しなければなりません。四五日はかかりましょうか。いろいろな計画があります。こぎれいな店を
前へ
次へ
全97ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング