なたに御相談したこともありますが、あなたはいつもにやにや笑ってばかりいて、本気で聞いて下さいませんでしたわね。もっとも、私の話しかたも少しふざけておりましたし、そのようなことよりも、私たちにはもっと重大なことがありました。ほんとの愛情がありました。この愛情のためになら、死んでもかまわないと、今では私は思っております。
 東京での日々は、ほんとに楽しゅうございました。伯母さんの家へいらして下すったことも、嬉しく思っております。もっとも、初めは私からお願いしたのでしたが、毎日のように訪ねて来て下すったのを、あなたの愛情の深さの故だと感じております。御一緒に出歩いて、コーヒーを飲んだり、映画や芝居を見たり、ホテルへ参ったり……そしてなにをお話したか、言葉の上のことはすっかり忘れてしまいました。
 でも、ふと言葉がとぎれた時、しぜんに黙りこんだ時、あなたはなにか考え込んでおしまいなさることがありました。あのホテルの室で、窓際に両肱をついて、暗い夜空にぼんやり眼をやっていらっしゃるので、私はそっと時計を見てみましたら、あなたは十分間、きっかり十分間、振り向きもなさらず、身動きもなさいませんでした
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