い時は、手伝いに、やりっきりにしておりますの。」
「しかし、こちらだって、別館でしょう。」
「そうなんですが……表札を御覧になりまして?」
 表札には、松月別館とはしてなく、ただ三浦千代乃とだけあるのだった。
「あ、あなたの家ですか。」
「そういうことになっておりますが、実は、柿沼のものなんです。」
「柿沼……。」
「わたくしの主人ですの。」
 柿沼治郎、東京の郊外で、小さな製菓会社を経営している人だとか。然し、千代乃はその主人のことを、あまり語りたくないらしかった。
「柿沼、いやな名前でしょう。わたくし、きらいですわ。」
 皮肉めいた微笑を浮べている。名前が嫌いなのか、人柄が嫌いなのか、そのへんのことは曖昧だった。
 ふと気がつくと、いつのまにか電燈がともっていた。電力が足りないらしく、ぼんやりともってるので、意識されなかったのであろう。雷鳴はもう遠退いたが、雨がしとしと降り続いている。雷雨のあととも思えないような、しめっぽい降り方だ。
「こんなところに、一人でいらして、よく淋しくありませんね。」
「もう、馴れていますもの。」
 そう言いながらも、途切れがちな話の合間には、自然と、外
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