かった。
「どういう意味ですか。」
「いえ、それだけ承っておけばいいんですの。」
 長谷川は言質を取られたのを感じた。そのあとは、とりとめもない言葉だけで、そして沈黙がちな食事。
 千代乃はなにか忙しそうだった。
 夜は、辰さんが早くにやって来て、早く寝てしまった。
 長谷川も早めに寝た。自分でも案外なほど、千代乃の肉体に未練を感じなかった。余りに考えすぎたからだったろうか。

     四

 風があって、空には白い雲が飛んでいた。その朝になって長谷川に千代乃は言った。
「わたしも、ちょっと東京へ行くことにしましたの。御一緒にね。途中、湯ヶ原で降りましょう。天城山の代りよ。」
 彼女は楽しそうに笑った。昨夜とちがって、何の屈託もなく朗かそうだった。
 長谷川は呆れた。だが、もう成り行きに任せようと覚悟をきめた。
 松木夫婦や女中たちの見送りの手前も、彼女は平然と、長谷川に続いて自動車に乗りこんだ。
 時間はゆっくりあった。国鉄本線へ乗り換える前、三島神社で遊んだ。
「あなた、別館へと言って、別にお茶代をお置きなすったわね。今朝兄さんからあれを貰って、わたしへんな気がしたわ。」
 神社
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