ぴらに、軽蔑なさるのよ。」
「それで、変り者ですか。」
ちらと、長谷川の頭に閃めいたものがあった。猪口を置いて、真面目になった。
「あなたは、石山をよく御存じですか。」
「よくは存じませんが、あちらに滞在なすってた時、兄と一緒に、なんどか、遊びにいらしたことがありますの。お酒に酔ってくると、わたしに、琴をひいて聞かせろだの、なんだのって、うるさいかたよ。」
「そして、あなたの方では、石山を誘惑しそこなったんでしょう。」
「誘惑……。」
小首をかしげて、千代乃は怪訝そうだった。
「僕ははっきり覚えています。御免なさい、わたしが誘惑したのよ、とあなたは、あの朝がた、僕に言いました。」
「あ、あのこと、実は、本当なの。」
平然と、そして頬笑みさえ浮べて、彼女は話すのである。
彼女は先ず兄に説いた。本館は騒々しくて、長谷川さんのようなお仕事には無理だろうから、こちらへ移られてはどうだろうか。それを兄が承知すると、彼女は辰さんを解放してやった。辰さんというのは、裏の野菜畑の手入れや本館の雑用などをしてる、臨時雇いの爺さんで、彼女が一人きりの時には、こちらに泊りに来ることになっていた。その
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